『Bill Cunningham New York』


ずっと見たかったドキュメンタリー 『Bill Cunningham New York』 をようやく観ることができました。

登場するのは、NY Times でファッション・コラム 『On the Street』 を担当している85歳のフォトグラファー。常に笑顔を絶やさず、マンハッタンを自転車(Schwinn 社製というのがいい~)で駆け抜け、街角に待機して彼の琴線に触れたファッションを目ざとく見つけてシャッターを切る。そして NY Times のオフィスに飛んで帰って紙面作りに取り組むわけですが、被写体の人物をどうしたら一番良く見せてあげられるかを考えた細かい変更が延々と続いて、紙面作りを担当する男性も時にはイライラした口調になったり、ビルさんの首を絞めるまねをしたり。ビルさんは "You, kid!" と大笑いしながらも、妥協はしません。

いろんなゴージャスなイベントにも行けば、華やかなセレブも彼のことを知っていて、VOGUE 誌の有名編集長にも "We all get dressed for Bill." なんて言わせてしまう。

とにかく、彼にしかできない、オリジナルな仕事を、ずーっとやっている。さらにそれがそのままニューヨークのファッションや歴史の記録になっている。

そんな感じで話が進んでいくので、最初は「自分にしかできない仕事って何だろう?」とか考えさせながら、そんな彼の仕事人ぶりと歴史保存・ファッション報道への貢献をたたえて、「ビルさんってすごい」「私もがんばろう」と感動して終わるのかと思っていたら、彼の仕事については多くを語る人たちが実は彼の私生活や個人的な面についてはまったくと言っていいほど知らないという事実が浮かびあがってきます。そして、そのあたりからこの作品がまったく違った雰囲気に・・・。

実はこのビルさん、衣食住に対する興味はまったくなし。ファッションを追ってるのに、自分は数枚の服をハンガーにかけてるだけ。住んでるところはカーネギー・ホールにある小さなアパートで、台所もなく、シャワー・トイレは共用。アパートを占拠してるのはフィルムなどの仕事関係のものをおさめたファイル・キャビネットばかり。そして、その間に置かれた簡易ベッドみたいなベッドが、彼の寝床なのです。「誰も台所なんて必要としてない」と言って、口にするのは3ドルのファストフード。華やかなイベントに行っても、水さえも受け取りません。

さらに、お金に対する執着心もない。

「時間と自由は最も高価なもの。お金はもっともチープなもの。お金をもらってしまったら、彼らが自分を所有してしまう。だからお金をもらわない。」

ある雑誌で働いていた時のことを、そんなふうに回想している場面も出てきます。

※以下、ネタバレがあるので、この作品をこれから観る方は読まないでください。 

ストイックで禁欲なんだと言ってしまえばそれで終わりなんですが、いや、何かある。いつも笑顔で、誰からも好かれる存在なのに、本当に親しい人はいなさそう。結婚もしてないし、交際相手もいない。それはまったく悪いことではないですが、なんかこう、人との深いつながりを避けてるような印象を受けます。幼少時代のことや家族のことはとても簡単にしか語りません。

そして残り時間も少なくなってきた時に、突然クライマックスが訪れます。こんな感じの会話で。

インタビューアー:「恋愛経験は、あるんですか。」
ビル:「あることはあるけど。ゲイかって聞いてるのかい?」
インタビューアー:「ええ。答えたくなかったら答えなくていいですよ。」

これにビルさんははっきり答えないんですけど、それがもうはっきり答えてることになってます。

その後、インタビューアーは、まだ笑顔を崩さないビルさんに、「今も教会に行ってるんですよね」と言います。これがダメ押しになった感じでした。

敬虔なカトリックの家庭に育ったというビルさん。85歳と言えば、アメリカでゲイが完全に否定されてた時代を生き抜いてきたわけですね。家族は彼がファッション関係の仕事をすると言った時も、ゲイなのかどうかなんてそういうことは口にせず、聞きもしなかったそうです。なので彼はカミングアウトしないまま、今日まで来てるんですね。でも彼はまだ日曜に教会に通うカトリックであり続けるため、娯楽という娯楽をそぎ落とした生活をして、仕事にだけ楽しみを見い出して没頭する人生を選んだわけです。

そして、彼はパッと下を向いて、涙を流すんですね。全身で泣いてる感じがしました。でも数秒後にはそんなことなどなかったかのように、人懐っこそうな笑顔の、いつものビルさんに戻ってしまいます。

こんなにいろんなことを考えさせられ続けるドキュメンタリーを見たのは久しぶりです。この作品はいろんな見方があるのかもしれませんが、本当の幸せについて友達とえんえんと語り合ってしまいました。