先月もシアトル・シンフォニーとベナロヤ・ホールで共演した世界的バイオリニストのジョシュア・ベル。彼が数年前にワシントン・ポストとの共同企画で首都ワシントン DC の地下鉄乗り場に普段着で現れ、ラッシュアワーで急ぐ人たちが歩いていく横でバッハを弾いてみるという社会実験 『Stop and Hear the Music』 のことが、先日、Facebook でまたシェアされてました。
この企画が行われたのは2007年で、この企画の中心人物となったワシントン・ポストの記者はこれについて書いた 『Pearls Before Breakfast』 という記事でピュリッツアー・プライズを受賞してるんですね。
忙しさに追われてすばらしいものを見落としている、という結論なんですが、やはり今読んでみても考えさせられます。最初に読んだ時はおそらく「自分だったら気づいたかな~」と考えたように思いますが、おそらく気づかなかったでしょうね・・・(汗
ラッシュアワーで、目的地に時間通りに着くことだけを考えていると、音楽に注意しないのか。世界的バイオリニストがこんな場所で普段着で弾いてるなんて思わないという先入観で無視したのか。それともそもそもすばらしい音楽を認識できる耳を持ってないのか。
マーケティングやプレゼンテーションの大切さも考えさせられますが、ゴージャスな会場やタキシードという衣装がなくてもジョシュア・ベルに気づいた人が1人。商務省で人口統計を担当されているステイシー・フルカワさんという方はこの実験の3週間前にベルが米国議会図書館で行った無料コンサートに行ったそうです。かなりエキサイトしたコメントをされてますね。で、彼女が入れた20ドルと、他の人が入れたお金をあわせて、ベルが43分で稼いだ金額は32.17ドル。でも「悪くないね。1時間なら40ドルで、まあまあの生活はできるだろうし、エージェントに支払いをしなくていいし」なんて言うところに、彼の器の大きさを感じます。
そういったことを考えていて、フランス映画 『Fauteuils d'orchestre』(英語の題名は 『Avenue Montaigne』)を思い出しました。世界最高のコンサートホールで演奏することにほとほと疲れた世界的ピアニストが、「入院している子供たちや大人などのように、本当に音楽を必要とし、価値を感じる人のために弾きたい」という希望を募らせていく場面。何度観ても幸せにしてくれる映画です。