生後16ヶ月の時の写真。何でもやりたがります。 アメリカ製の掃除機は頭の部分だけでも重いのに 上手に持って前後に歩いてくれたので、 掃除になってました。 後ろ向きに歩けるのも、成長の証ですね。 |
そんなわけで超多忙な知恵さんですが、いつもとてもポジティブでパワフル!
なので、その知恵さんに会いたさに、これまで3回参加してます。
毎回内容が発展していくので、何度参加しても新しいことができます。
で、その知恵さんがブログ 『アメリカde魔法の質問』で
「子供に役に立ってもらう」ことについて書かれてたのを読んで、
私の幼い頃のことを思い出しました。
「家族の一員なら、家事をするのが当然だ」
と説明してくれた両親は、私と弟を動員するのがとても上手でした。
例えば夏休みの直前、母は私と弟を集めて、
「さあ~、この家の中にはどんなお仕事があるかな?」
私と弟は先を争っていろんなものをリストにしました。
どっちがたくさん書けるか!と競争で。
雨戸の開け閉め
洗濯物を干す・洗濯物を取り入れる
玄関の掃き掃除
掃除機かけ
窓拭き
お皿洗い
犬の散歩
アイロンかけ
お風呂のお湯沸かし(うちはあの頃はガスで沸かしてました)
こういう感じでリストして、「これで全部」と決まった時点で、母が今度は、
「じゃあ、どれをやりたい~?」
と聞いてました。
で、私と弟はまた先を争って選ぶわけです。
そして誰が何をやるというのが決まります。
で、母はいちいちほめるんですよね。
「上手にできたね~!」
「やっぱり一番上手やね~」
「やってくれて助かるわ~」
で、私と弟はとても嬉しくなって、さらに仕事に励んでました。
ほんと単純!
おかげで母は学校の休みが終わる時は、
「ああー、終わる~!」
と、違う意味で悲しんでました。
ま、たまにサボることはあったと思いますけど、
そうすると父が、
「家族の一員として当然やらんといかんことやと思うねんけど、どうや?」
と聞いてくるので、なるべくやってました。
そういった家事の中で、洗濯物を取り入れるのはいつも私の仕事。
そのせいか、なぜか今でも帰省して実家に泊まると、
「洗濯終わってるで」
「洗濯物、もう乾いてるんとちゃうか」
と、私が言われるんですね。
私がやるのが暗黙の了解みたいです。
私・夫・息子の分もあるので私がやることには全然問題ないんですが、
この「洗濯物を取り入れる」という家事って、
高校で留学した1989年から日常的にやってない。
オーストラリアでも乾燥機でしたし、アメリカでも乾燥機なので、この作業が発生しない。
なので、干したのに、すぐ忘れてしまいます。
両親からするとなぜ忘れるのかわからないみたいですが、
幼い頃は日常的にやってたことでも、人生の半分以上やってないことって
私は忘れるみたいです。